日本人の所作・礼儀作法の歴史

日本人のイメージとして、挙げられることの多い礼儀作法。皆さんはどこまでご存知でしょうか。日常的に行っているものや、勉強しないと中々わからないものまで幅広くあります。

この礼儀作法、いったい何時に生まれて、現在に至ったのでしょうか。今回は礼儀作法の歴史と変化についてみていきたいと思います。

目次

1.礼儀作法の発祥
1-1.礼儀作法・所作の元祖
1-2.小笠原流の歴史
1-3.武士の所作
1-4.庶民の所作

2.日本の所作の変化
2-1.日本の挨拶と礼
2-2.日本と海外の挨拶の違い
2-3.日本人の座り方
2-3-1.正座の歴史

3.お辞儀の種類
3-1.立礼
3-2.座礼

1.礼儀作法の発祥

挨拶から始まり、様々な場面・場所で必要になる礼儀作法ですが、いつ頃から生まれこのような形式になっていたのでしょうか。

最初の項目では、礼儀作法の歴史と変化をみていきたいと思います。

1-1.礼儀作法・所作の元祖

現在の礼儀作法や所作が民衆まで広まったのは江戸時代からでした。それまで、礼儀作法をしっかりと学んでいたのはある程度階級のある人のみでした。

そもそも、日本で最初に文書で書かれた礼儀作法は、誰もが知っている聖徳太子の「十七条の憲法」だといわれています。
この十七条の憲法は当時の貴族や官僚に向けて、和の尊さを説いたものでした。
そこから、朝廷や貴族、武家などでの行事や儀式などでの礼儀作法、所作が生まれていき、「形」が大切にされていくようになりました。

その後、室町時代になると「小笠原流」や「伊勢流」の礼法が生まれ、現在の私たちが行っている礼儀作法・所作へなっていきます。

1-2.小笠原流

先程の項目で紹介した「小笠原流」ですが、現在私たちが行っている礼儀作法・所作、マナーの元となっています。「伊勢流」は後継者がいなくなってしまい、歴史から姿を消してしまいました。

この小笠原流は弓術、馬術、礼法の名高い流派でした。鎌倉時代に弓馬四天王に小笠原長清が入り、鎌倉幕府からの信頼を得て武家社会の見本とされる立場となっていました。

その後室町時代に、殿中儀礼などの礼儀が整った際に小笠原流の礼儀作法が武家社会の規範とされました。その後戦国時代には一度衰退してしまいますが、江戸時代に小笠原流の流れを汲む、水島卜也が江戸で新旧の内容を混ぜ独自の礼儀作法を広めた結果、庶民の間で流行し、現在の私たちにまで伝わっています。

1-3.武士の所作

侍は基本的に大小の刀を2本差しています。刀は武士の魂と言われているようにとても大切にされていました。

遊郭などで遊ぶ時は2本とも刀を預けなくてならなかったのですが、刀を持った状態で相手と面会する場合はどのようにしていたのでしょうか。

基本的には、相手に敵意をない事を伝えるために刀を抜きにくい状態にします。

刀は基本的に左手で鞘の部分を持ち、柄の部分を右手で持ち抜刀します。
刀を抜きにくい状態にするためにはこれとは真逆の状態にするので、自分の右側に刃を自分に向けるようにして刀を置くようにしていました。

もちろんこれも小笠原流の影響を受けていえる所作となっております。映画「のぼうの城」をご覧になった人はこの所作に見覚えがあるかもしれませんね。

1-4.庶民の所作

江戸時代には、庶民も武家の作法を嗜むようになっていき、裕福な家庭では娘を武家に行儀見習いに出す習慣もでき、礼儀作法が庶民も学べるようになっていきました。

小笠原流の所作が江戸時代に再び流行し、庶民も真似をするようになりました。しかし江戸時代庶民に広まったものは実際に武士階級の人たちが行っていたものとは違い、水島卜也(みずしま ぼくや)のオリジナルが混ざったものでした。なので、実際の武士が行っていたものとは違う点がいくつかあるそうです。

このような事をしていたら取り締まりに会うのではないかと思いますが、武士階級の所作を外へ流失するわけにもいかず、取り締まりが出来なかったようです。

礼儀作法が一大ブームになり、現在の私たちまでに影響を与えたのは武士への憧れが強かったからかもしれませんね。

2.日本の所作の変化

人付き合いの基本となる「挨拶」ですが、昔と現在では大きく変わっております。

その原因を探ってみると明治政府の政策にありました。
開国したばかりの日本は、最初外国に独自の文化、常識を馬鹿にされがちでした。
それまでは、夏場は裸で仕事をするのも当たり前でしたし、今では想像のつかないような生活をしていました。
その為、近代化を目指した政府は様々な政策を行い、学校教育を始めとしたところで、礼儀作法も指導していきました。

それが、現在の私たちが常識としている礼儀作法・マナーになっていきます。
ここでは、今と昔の礼儀作法の違いをみていきたいと思います。

2-1.日本の挨拶と礼

現在私たちが行っている立礼は大きく分けて3種類になります。

角度が15度、30度、45度の3種類です。礼をする相手の位の高さによって角度が深くなっていくのですが、これを江戸時代の人が見たら45度の最敬礼でも大変無礼なものだ!と感じるようです。

江戸時代では、道端などで自分より身分の高い人と会ったら「途中の礼」をしていました。
途中の礼とは、腰を折りながら両手を足の甲に着け、膝を曲げ、屈んだ状態で礼をすることをいい、これが普通でした。

庶民の間でも両手を膝に着け、腰だけではなく膝を曲げて礼をするのが普通でした。
これらの礼は外国人が日本にやってきてから、明治政府によって廃止されました。

理由は外国人にこの挨拶をしているのを見ると、非常に情けなく見えてしまい、頭を低くした方が身分が低いものとする風習があった為、日本人が外国人に挨拶する姿がとても卑屈に見えたからだそうです。

2-2.日本と海外の挨拶の違い

江戸時代までの日本人の挨拶の仕方は先程説明しました。補足を加えると身分の低いものから挨拶をするのが基本でした。

海外の挨拶の基本は礼ではなく、握手でした。しかも身分の高い者から握手を求めるのがマナーだった為、日本とは真逆で当時は受け入れられにくい風習だったそうです。
また女性から先にする礼であった為、当時の女性は非常に勇気が必要な挨拶でした。

明治政府が政策した礼儀作法の指導本には握手について書いてあり
「握手の礼は、尊長、主人、婦人等より、先ずその手を出すを待ちて、之を行うものとす。」と記されており、やり方については
「握手礼を行う場合には、右手を出し、先方の眼に注目し、おもむろに先方の右手を執り、約一呼吸の間握るべし。」と記載されていたそうです。

ここまで詳しく説明しているという事は、本当に日本ではなじみの無かった文化だったようですね。

2-3.日本人の座り方

今の私たちの生活では椅子に座る事が多くなり、床に座る機会が比較的少なくなっていると思います。礼儀作法は座り方にもあり、床に座る場合の礼儀作法では、正座が基本とされています。

昔の人たちは今のような椅子はあまりなく、床に座って生活をしていました。今の私たちが想像する昔の人の座り方は正座が多いと思いますが、実はそうではなかったようです。

2-3-1.正座の歴史

実はこの「正座」歴史がとても浅く、この言葉が文書にて残っている一番古いものが明治時代のものでした。明治維新以降、四民平等によって礼法を統一する過程でかしこまった座り方を「正座」としたようです。

それ以前ではこの「正座」は「かしこまる」と呼ばれ神前、仏前、君主に対してかしこまる姿でした。正座の形が流行したのは江戸時代で小笠原流の礼儀作法によって、参勤交代の際に全国から集まった大名達が将軍に向かって今で言う正座をする事が決められたのが、流行の始まりだったようです。

昔の人の肖像画を見てもわかるよう、正座では無くて胡坐(あぐら)や立膝、割座と言われる座り方が普通だったようです。

3.お辞儀の種類

皆さんが日常生活を送る中で、さりげなく行っているお辞儀ですが、お辞儀という言葉が頭を下げて礼をするという意味を持つようになったのは江戸時代からだそうです。

そもそも小笠原流では「お辞儀は相手に誠意の心を伝えること」とされているようです。
そのお辞儀には、大きく分けると立礼と座礼に分かれております。

どちらも共通して、腰から屈体する事が重要で、襟が空かないように、顎が浮かないように、耳は肩にたれるように、という原則があるそうです。

3-1.立礼

立礼とは立った状態で行うお辞儀の事です。現代に生きる私たちがお辞儀をする場合、この立礼が最も多いかと思われます。よくお辞儀は角度で種類分けされていますが、小笠原流では体型や腕の長さによって個人差があるため、角度では考えないそうです。

種類は大きく分けて3つになります。

1.深い礼 立礼の中で一番丁寧な礼。指先が膝頭につくまで体を曲げる礼です。

2.浅い礼 体を屈すると両手が自然と前に出てきます。その際に指先が前についた時点で止める礼です。

3.普通礼 深い礼と浅い礼の中間あたりまで体を屈する礼です。指先を太ももあたりまで下した礼です。

3-2.座礼

座礼とは座った状態でする礼の事を指します。基本的には正座の状態で行う礼の事を指します。立礼に比べて種類が多いですが、いくつか紹介したいと思います

  • 指建礼(しけんれい) これは正座の状態で両手を膝の両側を下し、肘をのばし、指先だけを畳につけた礼です。 「お先に」とあいさつするときなどに使われるそうです。
  • 拓手礼(たくしゅれい) 腰から45度程度頭を下げた状態の礼です。両手は膝の横前に置き、手首から指先にかけて八の字になる礼です。同輩に対する礼で、茶道などでよく使われる礼だそうです。
  • 合手礼(ごうしゅれい) 胸が膝につくまで体を屈した礼です。肘から掌まで床につき、両手の人差し指と親指で三角形を作り、その真上に鼻がくるようにします。

時代劇で偉い人に向かってこの礼をしているシーンをよく見ますね。

立礼も座礼もどちらも、形も大切ですが、相手に対する気持ちがとても大切なので、それを忘れないようにしたいですね。

この「お辞儀」の文化は今も昔も残る、とても日本人らしい文化だと思うので大切にしていきたいですね。

まとめ

今回は、普段当たり前に行っている礼儀作法・所作を中心に見ていきました。

鎌倉時代・室町時代から変化はあるものの、ずっと小笠原流が基本となっていた為時代によって大きく変わっていたことはないそうです。

これが現在の私たちまで伝わり常識になっているのは、なんだかおもしろい事ですね。
座り方なども、胡坐等のほかに昔の人は今でいう「女の子座り」もよくしていたそうです。
昔の人の座り方を調べていると、男女問わず非常に股関節と体が柔らかかったことが分かり、体に負担のかからない座り方を好んでいたようでした。

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