日本刀の魅力と使用用途

小さい頃、誰もが一度「刀」に憧れを持ちチャンバラごっこや特撮ヒーローごっこをしたことがあるかと思います。

街中を歩いていても、外国人の子供が傘を刀に見立てて振っている姿を目にしたりと「刀」に対する興味・憧れは誰もが一度は通過するものなのかもしれません。

刀の使用方法は何となくは想像出来るかと思いますが、実際どのように使用されていたかはご存知でしょうか。

前回のコラムでは日本刀の歴史と発展の経過を見ていきましたが、今回はどのように日本刀は使用されていたかをシチュエーションごとに見ていきたいと思います。

目次

1.武器としての日本刀

1-1.合戦時の日本刀

1-1-2.刀から槍への変化

1-1-3.合戦での刀傷

1-1-4.刀傷の記録

2.白鞘と日本刀

3.奉納品としての日本刀

4.武士と日本刀

まとめ

1.武器としての日本刀

日本刀を使用する場面と言えば、恐らく「戦」が一番に想像されるかと思われます。

合戦では弓や槍など様々な武器が使用されていましたが、日本刀はどのような場面で使われていたかご存知でしょうか。

また、戦闘時以外では日本刀はどのようにして保管されていたのか。日本刀は武器以外ではどのように使用されていたのかを見ていきたいと思います。

1-1.合戦時の日本刀

時代劇等の影響から、合戦では馬に乗った武士が日本刀を振り回し活躍する姿を想像するかと思いますが、実際の合戦では刀はどのように使用されていたのでしょうか。

13世紀頃の合戦の戦況報告の資料を参考に見ていきたいと思います。

まず馬の負傷に関する資料を見ると、61%は矢傷、35%は刀傷、4%は槍傷と記録が残されています。この中でも刀傷を負った馬は致命傷に至るケースが多かったそうです。

兵に関する資料を見ると73%は矢などの投射武器による怪我で、刀による怪我が25%、槍による傷が27%となっていたそうです。

13世紀頃は弓がよく使用されており、刀も少々使われていたようですね。13世紀頃槍はあまり使用されていなかったようです。

1-1-2.刀から槍への変化

14世紀に入り合戦が激しくなると日本刀はあまり使用されなくなり、槍が歩兵の中心武器になっていきます。

資料を見ると、弓矢などの投射武器以外での傷は槍が98%、刀が2%とほとんど刀が使用されなくなっていきました。

だからと言って刀が忘れ去れていく事は無く、武将が敵兵と遭遇することを「太刀打ち」と呼んでいたりと、使用されることは無くなっても刀は文化的、五語的に重要な存在としていたそうです。

私達のイメージする合戦は武将同士が一騎打ちをする姿や、たくさんの兵が刀で戦っている姿だと思われますが、実際は弓や石等の投射武器が中心で歩兵が持つ武器は槍が中心となり、刀はあまり使われなかったようです。

1-1-3.合戦での刀傷

合戦ではあまり使用されていなかった日本刀ですが、使用するときはどのような場面でどのように使用されていたのでしょうか。

まず日本刀の特徴としては、硬い刃物ですが柔軟性も持ち合わせている為、槍等の刃物と比べると丈夫な刃物となっております。

当時、合戦で歩兵はみな簡易的な鎧を着用し、兜で頭も守っている武士もいました。いくら丈夫といっても兜に刀を打ち付けたら流石に刀は折れてしまいます。また、相手を斬った際に相手の体から刀が抜けなくなる事もあったそうです。

その為斬りかかるような刀の使い方では無く、突き刺すように刀を使っていたと考えられるそうです。

1-1-4.刀傷の記録

刀の大きさは様々なものがあります。

斬る為に作られた刀のみだけではなく、重く刃先が鋭くない刀は敵の兜を打ち付ける用に作られており、敵を気絶させておき従者でもとどめをさせるようにしておくことを目的にしている刀もありました。現在博物館等で当時の刀を見ても打撃に耐える事が出来なさそうですが、これは当時から現在保存されるまで何度も何度砥がれている為に刀身が細身になっているからかもしれません。

鎌倉時代の合戦での死体から刀傷をみると、額や頭頂部に傷があるものが多かったそうです。刀で打ち付けられ破損した頭蓋骨や平行した切り傷のある頭蓋骨様々な物があったそうです。これらの傷から当時は刀で何度か頭蓋骨辺りを何度も打ち付けていたことが分かるそうです。

また7回も斬られて生き残った馬や13回も斬られて生きている兵士の報告もあり、切っ先で浅い傷を残せる程度の間合いで戦っていた事が想像できます。

これらの事を考えると刀は気絶した相手や動けなくなった相手、または相手の背後から等相手が抵抗できない状態から重い一撃を与えていたか、緊急時に使用していたことが想像できますね。

2.白鞘と日本刀

皆さんは白鞘と言われるものはご存知でしょうか。

よくイメージされる日本刀は、黒い鞘に納められており、柄と刀身の間に鍔がある形状の物だと思います。

一方白鞘は時代劇でヤクザ者が使用している長ドスを想像してもらえれば分かるともいます。白鞘は木の柄と鞘のみで白木のまま目釘で止められている外装の事を白鞘といいます。

この白鞘はどのような時に使用されていたのでしょうか。

簡単に説明すると刀のパジャマのようなもので、白鞘は木のみで作られている為、鞘内の湿度が調整され、刀身が錆びなどの劣化を防ぐために使用されていました。

任侠映画ではよく登場する白鞘ですが、白鞘は米粒を練った糊で接着しているだけなので実際は白鞘の状態では使用できなかったそうです。

白鞘の登場は比較的新しく江戸時代後期から登場し、普及したのは明治の廃刀令以降だったそうです。

3.奉納品としての日本刀納品

日本刀は他の武器に比べて現存する数が多く、大変珍しいものとなっております。

その理由としては、刀は貴重品でしたが他の武器や防具に比べて高価では無く、刀一本ずつに名前が付けられる事が多かったことや他の武士へ寄贈されたり、寺や神社に奉納されたりする事が多かった為、現存するものが多いそうです。

刀の美しさや神秘性から宗教的に使用される事もあり、江戸時代にコレラが流行した際に疫病を祓う為に奉納されたりもしていました。

4.武士と日本刀

日本刀と言えば武士がセットで出て来る事が多いですが、いつごろから武士と言えば日本刀となっていったのでしょうか。

武士が大小2本の刀を所持しなくてはいけなくなったのは、江戸時代からでした。

江戸時代以前でも刀は大切に扱われてはいましたが、合戦の褒美などは刀では無く槍でした。

「一番槍」という言葉は聞いたことはありますでしょうか。

この言葉は合戦の時に最初に敵を打ち取った武士に与えられる褒美の事で、「一番太刀」という言葉も存在はしていたそうですが、基本的には「一番槍」が使用されていたそうです。

武士と日本刀がより密接に結びついたのは江戸時代に入ってからの話で、身分制度が明確化され武士以外では刀を所持するのに制限がかかったりした為、刀は武士の誇りとして定着していったのではないでしょうか。

まとめ

日本刀と言えば侍の武器というイメージが一番強いかと思われます。しかし調べてみると合戦などでの戦ではあまり使用されることは無く、多い時期でも戦況に影響を与えた武器としては全体の4分の1程度の活躍でした。

それでも日本刀という武器は廃刀令の後も存続し、敗戦後GHQによって規制をかけられても現存しているのは、とても大切な物として扱われていた証拠なのではないでしょうか。

2回にわたり、日本刀の歴史や使われ方を見ていきました。次回は日本刀由来の言葉と部位の紹介をしていきたいと思います。