loader image

殺陣の歴史と魅力|「舞台芸術」として磨かれた侍の技は、いかに映像へ広がったか

殺陣の知識

「殺陣(たて)」は、日本の舞台や映像作品において武士の戦いや立ち回りを表現するための技術です。もともとは実戦剣術の型を基礎としつつ、観客に見せるための様式美を加えて発展してきました。本記事では、その言葉の誕生から舞台芸術、映画・テレビ、そして海外への広がりまで、殺陣の歴史を辿ります。

「殺陣」という言葉はいつ生まれたか

「殺陣」という言葉は、大正時代に誕生しました。新国劇の座長・沢田正二郎が作家・行友李風と演目名を相談した際、当初は「殺人」と提案しましたが、あまりに物騒だとして「人」を「陣」に置き換え、「殺陣」という表記になったといわれています。当初は「さつじん」と読まれていましたが、後に「たて」と読む形が広まりました。

もともと「タテ」という言葉は、歌舞伎の立ち回りを指す現場用語として存在しており、そこに新国劇が命名した「殺陣」という漢字が定着していったのです。こうして、武術の演技的表現を示す専門用語として「殺陣」が広く知られるようになりました。

舞台芸術としての殺陣

歌舞伎における立ち回り

歌舞伎の立ち回りは、実戦的な剣術を直接再現するのではなく、観客に分かりやすく迫力を伝えるために工夫された演技です。舞台の広い空間でも動きが映えるよう、間合いは広く、動作は大きく、そして斬る瞬間には「見得」や「溜め」を取り入れて緊張感を高めます。

また、音楽(下座音楽)や効果音と連動させることで、刀を振る音や斬撃の迫力を観客に想像させます。実戦よりも誇張された動作は、観客の目と耳の両方を使って物語に引き込み、武士の覚悟や感情を際立たせるための重要な要素でした。

明治時代の新派・新劇での殺陣

明治期に入り、西洋演劇の影響を受けた新派・新劇が登場すると、殺陣にも変化が訪れます。歌舞伎的な様式美よりも、より現実的で説得力のある動きが求められるようになりました。観客は役者の息遣いや刀の重みまで感じ取れる距離で観劇することが多くなり、実際の剣術の動作や間合いが舞台に取り入れられていきます。

この時期には、剣道や古流剣術の経験者が舞台の立ち回りを指導することも増え、殺陣は実戦性と演劇性を融合させた独自の表現として進化しました。

日本映画草創期のアクション演出

1910年代から1920年代、日本映画が誕生すると殺陣は新たな表現の場を得ます。無声映画時代の立ち回りは、誇張された動きと表情によって感情を伝えるものでした。カメラの位置を計算し、実際には刀が当たっていなくても観客には当たったように見せる「すり抜け」や「見せ斬り」といった技法が発達しました。

この時代に確立された映像用の殺陣は、戦前のスター俳優である阪東妻三郎や片岡千恵蔵らによって磨かれ、後の時代劇黄金期の映像美の基礎となりました。

映画とテレビドラマが育てた殺陣文化

検閲と復活

第二次世界大戦後、GHQによる占領政策の一環で、刀を使った戦闘や復讐を描く場面は軍国主義的として一時的に制限されました。しかし、時代劇そのものは文化的価値が認められ、物語の必然性を伴う立ち回りとして徐々に復活していきます。この過程で、アクションは単なる見せ場ではなく、人物の心情や物語のクライマックスを表す重要な演出となりました。

時代劇ブームと剣豪俳優

1950〜60年代、日本映画は時代劇の黄金時代を迎えます。市川雷蔵、萬屋錦之介、若山富三郎ら「剣豪俳優」と呼ばれるスターが登場し、それぞれが独自の殺陣スタイルを確立しました。市川雷蔵の構えは端正で品格があり、萬屋錦之介は流れるような剣筋で観客を魅了しました。

この時代、殺陣は単なる戦闘ではなく、武士の生き様や信念を表現するための手段として高く評価され、観客は役者の一挙手一投足に魅了されました。

殺陣師という職業の確立

時代劇の人気とともに、立ち回りを専門に設計・指導する「殺陣師」という職業が確立します。殺陣師は安全性を確保しながら、観客やカメラに迫力が伝わる構図を作り上げます。刀の角度、斬られる側の動き、カメラワークまでを計算し、一つの戦闘シーンを総合的に演出します。

こうして殺陣は、舞台や映像制作に欠かせない高度な専門技術として位置づけられました。

海外に広がる時代劇の魅力

1970年代以降、黒澤明監督の『七人の侍』や、勝新太郎主演の『座頭市』シリーズが国際的な映画祭で高く評価され、日本の殺陣文化は世界に知られるようになりました。『七人の侍』は、チームで困難に立ち向かうストーリー構造と群像劇としての戦闘描写で、ハリウッドや各国のアクション映画に影響を与えました。

また、『座頭市』の独自性あふれる剣技は、欧米の映画制作者にも衝撃を与え、サムライ映画のスタイルが世界のアクション演出に取り入れられるきっかけとなりました。

まとめ

殺陣は、実戦剣術を源流としながら、舞台の様式美と映像表現によって独自の進化を遂げました。その歴史は、日本の芸能や映画文化の発展と深く結びついており、今もなお国内外で高い評価を受け続けています。舞台上やスクリーンに映し出される一太刀には、時代を超えて受け継がれてきた職人たちの技と心が息づいています。

タイトルとURLをコピーしました